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東京地方裁判所 昭和36年(行)121号 判決 1966年8月16日

神奈川県横浜市鶴見区本町通一丁目二三番地

原告

合資会社堀田商店

右代表者代表社員

堀田忠治

右訴訟代理人弁護士

池田輝孝

被告

東京国税局長

吉国二郎

右指定代理人

朝山崇

柿原増夫

千木良志気雄

青木茂雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者双方の申立て

原告訴訟代理人は「原告の昭和三三年二月一日から昭和三四年一月三一日までの事業年度以降の青色申告書提出の承認の取消処分および同事業年度の法人税の更正処分に対する審査請求について被告が昭和三六年八月一五日にした審査決定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

二  原告の請求原因

(一)  原告は肩書住所で遊技場(パチンコ)を営むものであるが、鶴見税務署長から青色申告書提出の承認をうけたので、昭和三四年三月に昭和三三年二月一日から昭和三四年一月三一日までの事業年度(以下「係争事業年度」という。)の所得金額を金二九万三〇五七円として青色申告書による確定申告書を提出したところ、同税務署長は昭和三五年三月三〇日に原告の係争事業年度以降の青色申告書提出の承認を取り消し、かつ、右所得金額を金八五万四五〇〇円と更正して、その旨原告に通知した。そこで右青色申告書提出承認取消処分および更正処分について、原告は同年四月四日に同税務署長に対しそれぞれ再調査請求をしたが、同税務署長は同年六月三〇日にいずれもこれを棄却したので、さらに同月二二日に被告に対しそれぞれの審査の請求をしたところ、被告は昭和三六年八月一五日にいずれもこれを棄却し、右通知は同月二〇日原告に到達した。

(二)  しかし鶴見税務署長の右青色申告書提出承認取消処分および更正処分ならびにこの両処分を是認して原告の審査請求をいずれも棄却した被告の各審査決定は次のとおり各取り消されるべきである。

(1)  原告の係争事業年度の所得の認定について、鶴見税務署長は推計をするにあたつて、パチンコ玉の回転率(玉の売上数に対する景品交換により回収される玉の数の割合)を一〇〇%と認定したこと、原告がした早朝サービス等の各種サービスによる支出額を十分に考慮していないことの二点について違法がある。その余の点についての適否はすべて争わない。

原告の遊技場は鶴見駅東口駅前商店街から離れていて、駅前商店街のパチンコ遊技場と異なり、振りの客が少なく、常客が殆んどであるため、駅前の店よりも玉の回転数を高めこ客へのサービスをする必要があり、鶴見区人口三万に対してパチンコ店一一軒という競争の激しいことに加えて、昭和三三年には、左隣りのナミ遊技場がパチンコ店に変り、道路の向側にコンドル遊技場が新設され、隣地にも同業者が生まれたので、原告は倍玉サービスなど玉の回転率一〇〇%をこえる出血サービスを行なつた。

原告は右の立地条件、過当競争のため、開店から一定時間に来た客全員にピースを主とした景品の早朝サービスを行なつており、これは、一日一〇〇個平均、原価で年間七〇万円は下らず、又、営業時間中の景品サービスとして、いこいを店内に出し客に消費させたり、全然とれなかつた客に贈与したりして原価で年間八〇万円以上のサービスを行なつているので合計金一五〇万円は売上額から差引かれるべきである。係争年度より二年後の昭和三五年六月二一日頃から同年八月二〇日までの二カ月分のサービスの価額を計算すると金一八万九二〇六円となり一年分では金一一三万五二三六円となるのであるが、昭和三三年度においても少なくともこれと同程度のサービスをしていたのであるから、後記被告の計算方法によつても売上額は、(14,520,158-1,135,236)円÷(100-28,38%)=18,688,804円すなわち金一八六八万八八〇四円となり、原告の所得は金六四万八三八一円となるのでこれをこえる部分は取り消されるべきである。

(2)  原告のような法人において法人税法施行細則(昭和二二年大蔵省令第三〇号、以下同じ。)一三条別表一六の(一〇)にもとづき所定の売上に関する事項を記載しがたいものについて、税務署長の承認を得て現金売上の総額のみを記載している例はなく、かつ、右の承認なしに総額のみを記載しても問題とされたことはかつて殆んどなかつた。それにも拘らず、被告は、原告の備え付け帳簿について右の点を問題とし、その上提出した会計帳簿を紛失し、これを資料とすることなく、原告の利益に用いる機会を失なわせたまゝ本件決定をしたものであつて、これらの点からも被告の右決定は取り消しを免れない。又原告の帳簿の記載方法の不備については、原告は税務法規の定める方式により記帳しており、記帳内容が例えば一〇〇〇円以下の売上が書いてなくても、その分は翌日の売上に記載しているのであるから、この点で青色申告取り消しの理由とするのは小企業に不能を強いることになる。

原告は青色申告法人であるにも拘らず、被告は本件決定の理由として勘定科目の増減変更を示しているのみで帳簿書類の記載以上に信憑力がある資料を示して処分の具体的根拠を明らかにしていない。すなわち、審査の決定につき法人税法の要求する理由を附記したことにはならない。従つて、この点からも被告の本件決定は取り消しを免れない。

三  被告の答弁および主張

(一)  原告主張の請求原因(一)の事実は認める。

(二)  被告が原告の青色申告書提出承認を取り消したのは次の理由による。

(1)  原告の備付帳簿の記載は極めて簡略であつて、法人税法施行細則一三条別表一六の(一〇)に定める税務署長の承認を得ていないのに売上金はすべて一〇〇〇円単位で記載されており、取引発生の月日には各月ともずれがあつて日々の取引に従つてされておらず、現金残高の記載が行われていない。すなわち、青色申告法人の帳簿書類、記載事項については法人税法施行細則一二条乃至一八条に規定され同別表一六に具体的に列挙されているが、原告の帳簿はこれに準拠していないし、売上について、税務署長の承認をうければ、取引回数の記載しがたいものにつき日々の現金売上の総額のみを記載すればよいことになつているが、原告は右承認をうけていないので、日々の売上の総額と共に玉の売上回数を記録すべきであるにも拘らず、売上総額の原始記録は三、四日分のみで、その他は、原始記録より転記したという入金伝票、更に、これから転記した総勘定元帳と称する帳簿があるにすぎない。

(2)  商品仕入帳は、その大半が極めて簡略に記載されているので、実態の把握が困難である。すなわち、仕入について、原告は細かい仕入帳は作らず総勘定元帳に商品の種類と金額の記載を行なつているのみで、仕入関係の書類の保存についても仕入総額の九一%を占めるタバコについては一部のみ、ガムについては全くない状況である。

(3)  納品書、景品の出納帳の記録、玉の売上記録およびその他の証憑書類などの大部分が保存されなく、原告の主張するピースの早朝サービスなどについても月日、人員、個数などを具体的に示さず、営業の状態を把握するのに困難である。

(4)  現金の出納に関する事項についても、係争年度の現金出納帳には残高の記載がなく、原告の行なつたと主張するサービスについては営業経費に当るものであるから区分経理すべきであるにも拘らず、原告はこれを行なつていない。

(5)  以上の事実は法人税法(昭和四〇年法律第三四号による改正前のもの。以下同じ。)二五条八項一号にいう「法人の備え付ける帳簿が同法施行細則一三条に準拠していないこと」、三号にいう「法人の備え付ける帳簿に取引の全部又は一部を隠ぺいし又は仮装して記載する等当該帳簿書類の記載事項の全体について、その真実性を疑うに足りる不実の記載があること」に該当するものであつて右青色申告書提出承認取消処分にはなんらの違法もない。

(三)  被告が原告の所得を金八五万四五〇〇円と認定したのは次の理由による。

(一) 前項で述べたとおり、原告の営業の実態を把握するのは困難であつたので、被告はやむなく間接的諸資料により原告の所得を推計した。これにより被告が認定した原告の売上額は金一八八九万四九二三円で原告主張の金一八三三万三四〇〇円との差額は金五六万一五二三円である。右売上金額から原告の所得金額を認定した計算については原告主張の申告額をそのまま認容して算出したものであるから、右売上金額の算出根拠のみを明らかにする。

(2) (売上額)=(売上原価)÷(平均差益率)であるから、次の計算により算出した。

売上原価については、原告のタバコの仕入において仕入先が二%の値引に相当する衣料品を原告に提供しているので、原告会社の調査仕入総額金一四六三万四五六三円からタバコの仕入額金四五三万五二〇〇円の二%にあたる値引益金九万〇七〇四円を差引くと次のようになる。

期首棚卸高 金六万二九一一円(法人記帳)

期中仕入高 金一四五四万三八五九円

期末棚卸高 金八万六六一二円(法人記帳)

売上原価 金一四五二万〇一五八円

平均差率については、原告から提出されたもののうち、各商品別内訳の記帳のあるのは昭和三三年二月より五月までのみで、その余については記帳がないので、この部分をもとに玉と商品の交換率を調査して、次表のとおり計算した。

なお、原告の機械の売上効率は不明であり、玉の売上高の記帳もないので、玉の回転率を立地条件、営業状態などが似ている原告附近の同業者の実地調査に従い、その最高の一〇〇%として商品差益のみで算出した。

(イ)  昭和三三年二月から同年五月までの商品仕入割合

<省略>

(ロ)  玉の交換率

<省略>

(ハ)  平均率

<省略>

従つて、原告の売上額は

14,520,158円÷(100-28,38)%=20,273,887円

すなわち、金二〇二七万三八八七円となり、仮に原告が審査の請求において主張するようにタバコ(ピース)早朝サービスによる経費を金六〇万円として計算しても、

(14,520,158-600,000)÷(100-28,38)%=19,436,132円

すなわち、金一九四三万六一三二円となつて原処分の売上額を上まわるのであるから、原告の審査の請求を棄却した被告の決定になんらの違法はない。

(4) 玉の回転率について、立地条件、営業状態など類似の原告附近の業者の実地調査の結果は次の表のとおりである。

<省略>

(上欄は原告の差益率を適用した場合、下欄は差益率の単純平均を適用した場合)

パチンコ業はパチンコ機械の償却費および取替費用を見込んで操業しており、機械の交換は客寄せのためしばしば行なうが、玉の回転率が常時一〇〇%以上の場合はその必要は余り生じない。

右の同業者らは機械の交換を手持機械の二倍程度行なつているが原告は係争年度中に手持機械一一七台の三倍に当る三七二台を交換している。従つて、取替費用などを考えれば玉の回転率を一〇〇%以上とすると原告は単に物品を販売している業者より低い差益率で営業していたことになり、甚だしく商慣習に反し、到底これを認めることができない。

(4) サービス品の支出額について、原告は年間一五〇万円以上の支出があつたと主張するが、これは総収入の約八%に当るのに、このような過当なサービスについての確証がないばかりか、他の同業者についてこのような過当なサービスをした事例がない。又、原告主張のタバコの個数は、これに従つてその金額を計算するとタバコ仕入総額に比し著しく多額となり、到底考えられないものである。

四  証拠

原告は甲第一号証乃至第五号証、第六号証の一、二第七、八号証を提出し、証人鈴木富治郎の証言及び原告代表者堀田忠治の本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立について、第六号証は不知、その余は認めると述べ、

被告は乙第一、二号証、第三、第五号証の各一、二、第四号証を提出し、証人中村市太郎(第一、二回)同宗村秀記、同古沢孟、同泉類武夫の各証言を援用し、甲号各証の成立について、第七、八号証はいずれも不知、その余は認めると述べた。

理由

一  青色申告書提出承認の取消に関する審査決定の適否について

原告が政府の承認を受けたいわゆる青色申告法人であつたところ、鶴見税務署長が昭和三五年三月三〇日に原告の昭和三三年二月一日から昭和三四年一月三一日までの事業年度すなわち係争事業年度以降の青色申告書提出の承認を取り消したことは当事者間に争いがなく、原告が法人税法施行細則(昭和二二年大蔵省令第三〇号。以下同じ。)一三条別表一六の<一〇>に定める青色申告法人の帳簿の記載事項に関する所轄税務署長の承認を受けることなく、係争事業年度の売上の記帳につき日々の現金売上の総額のみを記載していたことは原告の自認するところである。そして証人中村市太郎(第一、二回)、同宗村秀記、同古沢の各証言および原告代表者本人尋問の結果ならびに弁論の至趣旨を綜合すると、原告の係争事業年度中の各取引について日々の売上総額を記載したびんせんは既に破棄されており、鶴見税務署の中村係官が昭和三五年二月頃原告方へ調査に赴いた際は、その直前一カ月分程につき備え付け帳簿として元帳、商品の払出しを記載したノート、売上総額を記載したワラ半紙が存在しているのみで、日々の売上総額の原始記録は一〇〇〇円未満を切捨てるなど甚だ不完全なものであつて、玉と交換した商品とサービスとして、だした商品を区別して記帳することもなく、その後の調査によつても現金管理は充分でなく、仕入の記帳も係争事業年度の一部のみで、しかも、原告の行なつていた景品買いの分については内容、回数、単価などの把握は全くできず、伝票その他の証拠書類は五ケ月分位で、いわゆる継続記帳もしていない状態であつたことが認められる。

右認定事実によれば、原告の係争事業年度の備え付け帳簿が法人税法施行細則一二条以下の規定に準拠しておらず、これによつて正確な所得を算出することができないというほかない。

従つて法人税法(昭和四〇年法律第三四号による改正前のもの。)二五条八項にもとづいて鶴見税務署長がした前記青色申告書提出承認取消処分およびこれを是認した被告の審査決定には何等の違法はない。

原告は、原告の記帳が税務法規の定める方式によつているのに、政府においてこれ以上を要求して青色申告書提出の承認を取り消すことは小企業に不能を強いるものであると主張するけれども、原告が税務法規の定める方式によつて記帳しているものでないことは前記のとおりであり、他の同業者の帳簿の記載状況についてみるに、証人中村市太郎(第一回)証言によると、玉の売上記録としてその売上回数、額を記載することは、玉を売る機械の構造上容易であることが認められるのであるから、原告の右主張を容認することはできない。さらに原告は、所轄税務署長の承認を得ることなくして日々の売上総額のみを記載している例がほとんどであるのに、帳簿の点等で原告のみ特に不利益に取り扱われたと主張するがこれを認めるに足りる的確な証拠はない。

原告は、原告が青色申告法人であることを前提に、審査決定の理由附記の点に違法があると主張するが、すでに、青色申告書提出の承認の取り消しが正当と認められる以上、この点の主張は理由がない。

二  所得の推計に関する審査決定の適否について

原告の係争事業年度の所得の認定に関し被告の主張する推計の根拠のうち、玉の回転率を一〇〇パーセントと認定したこと及び各種サービスの支出額を六〇万円としたことの適否のみが争点であり、その余の点については原告の是認して争わないところであるから、以下右争点につき考察する。

(1)  玉の回転率について

成立に争いのない乙第一号証、同第二号証、同第三号証の一、二、同第四号証、証人宗村秀記、同古谷孟、同泉類武夫の各証言によれば、原告の店のあるいわゆる本町通りで、原告の店より約二〇〇米離れた所でパチンコを営んでいる有限会社鶴見センターは、その坪数、従業員数、機械の台数がほぼ原告と等しいが、その玉の回転率は九五・六%ほどであり、パチンコ店一般についても一年のうち数日は数台について回転率一〇〇%以上ということはあつても、年間を通じて一〇〇%をこえることは殆んどないことが認められる。又原告代表者堀田自身平均して一〇〇%をこえてはいないことを供述しているのであつて、原告の主張するような過当競争、出血サービスを考慮にいれた場合においても、証人宗村秀記の証言および原告代表者堀田の本人尋問の結果によれば、係争事業年度中に行つた機械の交換が前記同業者は二回であつたのに原告は三回も行つていることが認められるから、その経費や人件費などを考え合せて、原告方の回転率が一〇〇%をこえるものとは考えることができない。(外に原告方で特に玉がよく出たという証拠はないし、このような証拠は前掲各証によればパチンコの各機械毎に毎日の玉の出具合を測定する調整表を作ることによつて比較的簡単に提出しうることが認められるのである)

従がつて原告の玉の回転率を一〇〇%とした被告の認定は合理的な理由があるものというべきである。

(2)  各種サービスについて

原告は早朝サービス、店内サービスなどで年間に支出額金一五〇万円のサービスを行つていると主張し、被告はその支出額六〇万円を認めてこれを超える部分を争うから、考えるに、証人中村市太郎(第一回)の証言によれば更正処分時に各種サービスの存否を問題にしたのは被告側であり、同人はこれをむしろ平均差益率に含めて考えたこと、証人宗村秀記の証言によれば再調査の段階では一日当り三〇人についてピースを一個ずつとして計算した金額と売上の一〇%に当る金額のうち大きい方を経費としてみることで原告も納得したこと、成立に争いのない甲第五号証によれば、審査の段階では原告は早朝サービスとしての六〇万円内外のみを主張していることが各認められ、原告代表者堀田の本人尋問の結果によつても、右のように各種サービスが係争事業年度のある期間においてあつたのであろうことは認めることができるが、その正確な金額についてはこれを認定するに足りる的確な証拠がないから、けつきよく原告の主張する各種サービスの支出額は金六〇万円と認めるべきである。そうすると、原告の係争事業年度の売上額は被告主張の売上額をさらに上廻るものになることが計算上明らかであるから(事実摘示三、(三)、(2)の末尾計算のとおり)、結局この点に関する原告の主張も理由がない。

したがつて、原告の係争事業年度の法人税についてした鶴見税務署長の更正処分およびこれを維持した被告の本件審査決定についても違法のかどはないといわなければならない。

三、結論

よつて本件各審査決定の取消を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川幹郎 裁判官 浜秀和 裁判官 前川鉄郎)

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